── 教育現場でのテクノロジーの活用も貴校においては積極的ですが、テクノロジーを取り入れたからこそ生まれた好事例があれば、教えてください。

木村 テクノロジー、特にインターネットへ繋がることの最大の価値は「時間と場所を超えられること」です。本校では、生徒がひとり一台のPCをもち、クラウド上で情報を共有できる環境を整えることで、授業や教室、学年、クラスといった従来の学校の枠にとらわれない学びを実現しています。

 例えば、中学生と高校生が同じ研究チームに所属していると、クラスを超え学年を超えた「学び合い」が自然発生します。教員はもちろんのこと、大学の研究者や数学者、企業の方を巻き込んだ議論も起こるし、MOOCsと呼ばれる海外大学の公開講座で学んでいる生徒もいます。学校での授業も放課後の研究も家での学びも、学会やシンポジウムで得た知識も、すべての情報をクラウドに置くことで、タイムリーにつないでくれる。これこそが、テクノロジーが生み出す力の素晴らしい側面だと思います。

── 学びという大きなテーマに対して、問題意識をもって取り組んでおられる木村先生ですが、日本の教育における課題についてはどのように捉えていますか。

木村 美味しいハンバーガーをつくりたいならば、まずハンバーガーを食べる必要があると思うのですが、いきなり畑に行ってレタスをつくり出すことでしょうか。……と、これは少々わかりにくいので(笑)、数学の話に置き換えてみます。

 例えば本校には、微分方程式を用いて、渋滞の解消や人口の増減を数学的にシミュレーションしようとしている生徒たちがいますが、微分方程式を理解するためには微分とは何かを知る必要があるだろうし、そもそも方程式とは何かを考えたくなります。他にも、人が話すトーンの違いから感情を読み取ろうとしている中学生は、音声波形を解析するためにフーリエ級数を学び、その係数を決めるためにと積分を学んでいます。ちょっと専門的になりすぎましたが、申し上げたいのは、生徒のモチベーションは多様だということです。

 一方、日本の教育現場では基礎を積み上げていく形式をとることが多いので、皆、一律に同じルートで学んでいきます。特に数学は、常に次の「準備」だけを行っているように思います。文字式を学ぶと方程式が、方程式を学ぶと関数が……というように順番に次につなげる内容を学んでいきます。これは、正しい知識を効率よく得るのには適した学び方だと思いますが、それだけだと生徒は自分がどこに向かっているのかわかりにくく、学びのモチベーションを保ちづらいです。多くの生徒は「準備」ばかりしていて、「自分の数学」が始まる前に学校での数学を終えてしまう。実にもったいない話です。最も重要なことは、「学びたい」という状態に生徒があること。まずは、自分の興味があることに関係した「本物」の数学に触れることで、各論までも学びたいと思うモチベーションが湧いてくるのだと思います。

 ハンバーガーの話に戻すと、まず、ハンバーガーを食べ、美味しいハンバーガーをつくりたいというモチベーションをもつことが大事。そこではじめて、レタスがシャキシャキしているから美味しいのか、コクのあるチーズが決め手なのかと考えはじめます。このように、まず「本物」を知ってから各論に入るという順番をとるだけでも、学びの質が相当違ってくるのではないでしょうか。

 それから、「数学は得意だけど生物は苦手」というような、教科の得意・不得意について勘違いしやすい環境にあるのも問題だと思います。生徒の多くは、テストで良い点数がとれたものを得意教科、良い点数がとれなかったものを不得意教科だと判断しています。ただ、本当にそのテストで数学の力が計れているのか、そのテストの得点が生物学に対する理解度をそのまま表しているのか、もう一度考えてみる必要があると思っています。その問題を正答するために必要な力は何なのか。なぜこの問題が5点で別の問題が3点なのか、配点においてしっくりこないことも多くあります。これは誰が悪いとかいう話ではなく、ペーパーテストで測定することには限界があるということです。しかし、テストの点数が全てだと思われることがあり、生徒はそのまま得意・不得意という感覚をもちます。さらには、その学問に向いている・向いていないとまで判断してしまうことがあるので、その思い込みを壊すことも大事だと思っています。

── 思い込みを壊すための取り組みやヒントはありますか。

木村 その教科の「本質」を知ることが大切だと思います。数学は、与えられた問題を効率よくスピーディーに解く教科ではない。解法パターンを暗記し、脊髄反射のように問題を解いて、いくら点数が取れていたとしても、数学の力があるとは言えません。数学は本来、決まった解法パターンなどなくて、論理的に正しければどのように考えても良いという自由な教科なのです。いまもっている知識を総動員して「考える」ことを楽しむことが最も大切です。

 それから、用語を覚えられないから生物学が苦手だとも思ってほしくないんです。生物学を含めた理科という教科は、自然の神秘に「感動」することから始まるはずです。「なぜ?」「どうして?」という問いを先人たちの知恵を借りながら解明し、それを皆が納得できるかたちで説明していく過程で生まれる楽しさとやりがいを知ってほしいのです。

中学受験を終えて医進・サイエンスコースに入学した生徒たちには「苦手とか得意という感覚は忘れて、もう一度まっさらな状態からスタートしよう」と伝えて、思い込みを壊すようにしています。

── 最後に、変化の時代を生きるお母さん方へ、メッセージをお願いします。

木村 子育て、お疲れ様です。どうかこれからも子どもたちが「楽しい」と感じる気持ちと、彼らが「夢中」になれる時間を大切にしてください。大人から見ると役に立たないと思えるようなことに興味をもったとしても、自分からやりたいと思って夢中になっている時間そのものがかけがえのないのだと思って、あたたかく見守ってあげてください。むしろ、お子さんが楽しいと思っていることにお母さんも興味をもって、一緒に楽しめたら最高ではないかなと。大人よりも子どもの方がすごいことはたくさんありますから、ぜひそれを見つけてください。








魚たちが出迎えてくれるサイエンスラボでの一枚。ここには蛍光顕微鏡や電子顕微鏡、クライオスタット、細胞培養や遺伝子組み換えに必要な設備が揃っており、まるで大学の研究室に来たような感覚になる。

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取材・文:伊勢真穂  撮影:yOU(河崎夕子)



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