生徒主体で学校生活が営まれるユニークな校風で知られ、かつ東大合格者数は38年連続首位を誇る進学校の開成中学校・高等学校。その卒業生は政治家や経済人、法曹人、医者はもちろん、学者や文化人など多種多彩な道へと進み、国を下支えしています。ご自身も同校出身者であり、システムエンジニアとして働いた後、シックハウス症候群・化学物質過敏症研究の第一人者となり、教鞭をとったハーバード大学ではベストティーチャーに選出されたこともある柳沢幸雄校長に、「自主性を育む教育」についてお聞きしました。


── 開成中学校・高等学校の校長として、大切に取り組んでこられたことは何でしょうか。

柳沢幸雄(以下、柳沢) 2011年に校長に着任し、丸8年が過ぎました。開成中学校・高等学校(以下、開成)の教育の目標自体は私が生徒だったころから何ら変わっていませんが、着任以来、開成の教育理念を言語化することには努めてきました。

 なぜ言語化が必要か。開成からは毎年たくさんの人数が東京大学に合格するのですが、親御さんたちが東大に入学するような学生の勉強ぶりを勝手に想像するわけです。私の時代だと「赤本をいつも片手にもって、受験勉強一色だ」なんて言われたもの。冗談に思われるかもしれませんが、いまも単語帳をもち歩いて、廊下を歩きながら勉強しているというイメージが本当にあるんですよ。

 しかし、開成の実体としては、そういう学校ではない。結果として東大に多く合格しているだけであって、東大を目指した教育は一切行っていません。開成の生徒は天邪鬼ですから(笑)、教員が「東大を受けなさい」なんて言ったら、絶対に受けないでしょう。そういう風土なんです。

 つまり、親がイメージしている開成は、実際に子どもたちが過ごす開成と大きなギャップがある。思春期の段階、特に中学教育において親と学校の価値観が大枠で同じ方向を向いていないと、子どもが非常に困難な状況に陥ります。だからこそ、開成がどういう学校なのかを言語化し、予備校や塾などで保護者に向けて説明しています。毎年多くの回数話をしていますから、ようやく保護者の皆さんにも開成の実態をご理解いただけてきたかなと思います。

── 実際の開成の教育とはどのようなものなのでしょうか。

柳沢 まず、「ペンは剣よりも強し」、そして「質実剛健」です。
「ペンは剣よりも強し」とは、つまり良心の自由。「どんな力にも屈することのない学問・言論の優位を信じる」という開成の基本精神であり、校章にもなっています。「質実剛健」とは、物欲からの自由という意味です。開成の柱のひとつとして受け継がれている言葉でもあります。加えて、校名の由来である「開物成務」があります。生徒一人ひとりの素質を花開かせ、その結果として彼らが社会において人としての務めを果たせるよう育てましょうという意味です。

 これらを実現するために大切なことは、生徒たちに自主性をもたせることです。自主性とはよく聞かれる言葉ですが、具体的には「僕は将来○○になりたい」と自ら言い出したら、それで十分だということ。この言葉が出てきたら、その道のプロに引き合わせればいい。開成の強みのひとつだと思いますが、どんな分野にも卒業生がいるので、生徒と彼ら専門家をつなげてあげれば、あとは本人次第なんです。

── 生徒の自主性を育む、具体的な方法があればお聞かせください。

柳沢 「授業」「部活動」「学校行事」の3つを重視しています。

 授業で伝えているのは、学び方を身につけること。いま学ぶ知識は10年後に陳腐化して、役に立たないかもしれない。でも、今の知識を学ぶのには大きな意味がある。それは「知らないことを学ぶ方法を具体的に体験する」ということなんです。例えばいま学んでいるプログラミングが10年後に役立たなくても、知らないことを身につける経験さえしていれば、新しいことに出合っても自分のものにすることができる。生徒には「10年経ったら“先生”はいない。教えてくれる人はいなくなるのだから、自分からどういう人に関わり、どういう情報源を得るのか、“学び方”を身につけなさい」と伝えています。

 部活動は個性を伸ばす場所です。本人の好み次第で、何の部活に入ってもいい。好きなことは自分の個性ですからね。私は始業式や終業式で「自分の好きなことに関わる仕事に就くと、人生幸せだよね」という話をします。例えば開成のサッカー部は、200名ほどが所属しています。その200名が懸命に練習しても、J1の選手になるのはかなり難しいでしょう。選手以外で将来サッカーに関わる仕事に就くことを考えてみればいい。サッカーチームの経営をやってもいい。実際に、ベガルタ仙台の社長は開成の卒業生です。もっと発想を柔らかくすれば、医学部に入ってスポーツドクターになってもいい。弁護士になって契約のアドバイザーをやってもいいし、技術者になって身体が痛まず蹴りやすいシューズを開発してもいいでしょう。サッカーが好きだという気持ちがあれば、いくらでも道はある。好きなことに対して、自分の能力がうまく合致する分野で仕事を選ぶ。自分は本当に何が好きなのか、何をしていると楽しいのかを、部活で見極めて欲しいのです。

 最後の学校行事では、合意形成のプロセスを学びます。例えば、中学・高校ともに毎年開催される学年旅行は、目的地から何からすべて生徒が決めています。まず選挙管理委員会を発足させ、旅行委員の選挙を行います。旅行委員会では生徒から行先の提案を募り、それぞれのグループがプレゼンテーションの資料を作成して、立会演説会を行います。演説終了後、生徒がここだと思う旅行先に投票し、多数決で決まります。当然、一学年300〜400人全員が一斉に旅行できないので、いくつかのサブコースに分けるという、旅行会社が立てるような細かいプランも生徒たち自身で決めています。このプロセスにおいて、彼らは自分たちが納得して決めることの重要性、自らの主張を通す方法や多数の人の合意をまとめ上げていく方法も経験していくのです。

左上のモノクロ印刷資料が中学1年生作、下段のカラフルな小冊子が高校2年生作の、学年旅行用の旅のしおり。学年が上がる毎にイラストや写真が多用され、デザインにもこだわりが感じられる。
もはやプロ顔負けのクオリティだ。

── 中学1年生から高校3年生まで、授業と部活動と学校行事を通じて成長していくということですね。

柳沢 そうです。大切なのは生徒自身が「自分たちが主体的に考え、決定している」と思うことであり、学校としては生徒たちにそう思わせることなんです。孫悟空が筋斗雲に乗って暴れまわっているけれど、よく見てみればお釈迦様の掌だったというイメージでしょうか。学校というのはお釈迦様のように、子どもが成長に応じてさまざまな経験ができるよう場を提供して見守るべきなのです。

── 開成と言えば、学校最大のイベントとして運動会も有名ですね。こちらも先生方が関わることがほぼなく、生徒の主体性で運営されているとお聞きしました。

柳沢 審判も含めて生徒が行うので、私も他の先生も観戦しているだけ。怪我があれば飛んでいきますが、それ以外は何もすることがありません。審判手帳も作成していますが、ゴルフのルールブックよりも中身の文章が多く(笑)、毎年逐条審議して必要であれば改定し、審判を担当する生徒が理解したうえで、プレイヤーに周知しないといけない。このルールブックひとつをとっても、運動会が1年がかりの一大イベントということはおわかりいただけると思います。

 一方で「運動会は危険だから辞めよう」という意見もあるんです。堂々と反対意見を発信する生徒もいる。その声がマジョリティになれば、運動会は行わないということも今後あり得るでしょう。教師が率先して決めることではなく、あくまでも生徒たちの申し出を受けて、学校として最終決定をするわけです。




取材・文:伊勢真穂  撮影:yOU(河崎夕子)


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