日本を代表する中高一貫の男子校であり、近年では1学年400名のうち半数近くが東大に合格するという開成中学校・高等学校。
後篇は、自主性を育むための教員と家庭の関わり、また母親が意識すべき男子の子育てについて、柳沢幸雄校長にお話を伺いました。


── 生徒の自主性による自由な校風で知られる開成ですが、先生方はどういったスタンスで生徒と関わっていらっしゃるのでしょうか。

柳沢幸雄(以下、柳沢) 生徒たちにどう「自由」を伝えていくのか。そのためには教員自身が、自由の典型例でないとダメだと思っています。開成の教員は、教材の選び方も授業のやり方も自由。もちろん、一条校なので学習指導要領の枠には従いますが、知的好奇心で生徒を惹きつけることができるならば何だっていい。教員の力量に委ねています。だいたい教員側が、「校長が……」「教育委員会が……」と顔色を窺いながら不自由でいると、生徒たちはすぐに見抜きますからね。教員自身が自由であることが非常に大事です。

── 一方で、家庭における子どもへの関わりについてはどのようにお考えでしょうか。

柳沢 いつも強調して伝えるのは「子離れをしてください」ということです。開成のケースでお話ししますと、入学試験の競争が非常に厳しいので、特に小学生で受験する場合は親御さんも相当なエネルギーをかけなければ受験を突破できない。ですから、合格者向け説明会では、生徒には「合格おめでとう」、親御さんには「ご卒業おめでとう」とお伝えしています。密着した子育てはもうここで終わりました、これからは一歩距離をとって子育てをしてください、という想いを込めて──。中高一貫の男子校の校長先生方とも交流がありますが、皆さん同じことを意識しているようで、「母親と子どもの距離をどう広げるかが重要だ」とおっしゃいます。

── 開成は男子校ですが、特に男の子のお子さんを持つ親御さんはどのようなことに気をつけて子育てをしていけばよいでしょうか。

柳沢 まず一般論ですが、いまの日本のお母さんたちはものすごく孤独だと思います。なぜかというと、初めての経験の連続だから。3人以上の子供がいることは珍しく、1人か2人というケースがほとんど。そうすると、子どもが変化しても、その変化に対応するための情報を得る場所がないんです。以前は祖父母が一緒に住んでいることも多く、何かわからないことがあったらすぐに聞けましたが、核家族化が進んだことで、いまは祖父母とも分断されている。専業主婦であれば、自分の存在感を表現する唯一の場所が子育てになるし、働いて子育てをしている人であれば、時間のやり繰りが難しく、特に受験のような競争の場で専業主婦への引け目を感じることもある。家族の形態や立場の問題が、母親を二重三重に孤独にさせるという、非常に辛い状況です。

 次に「男の子の子育て」に限定すると、親であれば「自分の子どもなら、男女関係なく同じように可愛がっている」と思うかもしれませんが、決してそんなことはないんです。同性の子どもと異性の子どもへの対応の仕方は、中学以降になると非常に大きな違いが出る。子どもが性的な分化をするとき、同性であれば実体験からどんなことを感じながら意識も身体も変わっていくのかがわかりますが、異性であれば、ぜんぜんわからない。自分の可愛い子どものはずなのに、態度や発言から「宇宙人じゃないか」と感じるほどなんです。

 それはなぜか。当たり前の事ですが、子どもが親離れをしようとしているからなんですね。女の子であれば「お父さん臭い、一緒に洗濯物洗わないで」という表現になるし、男の子は反抗して「うるせえ」なんて悪態をつく。親離れは動物の本能なんです。でも、親は自然に子離れすることができない。そもそも動物には「子離れの本能」がない。動物は子どもが一人前になるころには死んでしまうから。ところが、人間は寿命が延びてしまった。だから、意識的に子離れをするしかないんです。意識しないと、ずっと子どもにべったり引っ付いてしまう。

 開成でもいろいろと悩みを抱える生徒はいますが、そのほとんどの原因が、親子関係です。もっというと、母親との関係ですね。母親が子離れできたら、たいていのことはうまくいく。だからこそ「子どもが朝、楽しそうに学校に通って進級さえできていれば、何の問題ありません」とお伝えしています。成績についても多少の上がり下がりに神経質になる必要はない。「あ、そうなの」くらいで静観していただければ大丈夫です。開成は受験勉強という型には嵌めませんが、結果として整いますから。お子さんと距離をとって、できるだけ放っておくことです。

── 変化が激しい時代にありますが、教育者としてどう見つめておられますか。

柳沢 いまの時代が特殊ということではなく、いつの時代も「未来」は未知のものです。そしていつの時代でも、技術の進歩はあります。これからの社会の変化に対しても、期待をもって向き合うのか、不安でいっぱいなのかで、ぜんぜん違ってきますよね。例えば、ベトナムやミャンマーの子どもたちに「未来についてどう思いますか」と聞いたら、目を輝かせて「楽しみだ」と答えるでしょう。一方で日本はどうかと考えたら、「怖い」「どうしたらいいかわからない」という答えが大半でしょう。

 それは、生活水準を含めていまの日本の状況が非常に高い水準にあるからです。それで「経済的な競争に負けたら落ちていくだけではないか」という不安感が拭えない。親からすれば、変化の甚だしい時代に子どもがうまく対応できるのか不安でしょう。一方、子どもからすれば、いまの生活水準は親が支えてくれているものであって、自分が生きている間には下がっていくだけではないかという不安も当然出てきます。

 人間というのは、ステップアップしたという実感が自信になり、自己肯定感につながります。社会全体としては高止まりの停滞期に達しているかもしれませんが、世代間で考えれば、できることはある。例えば、若い世代の生活水準を大学生になった時に下げさせることで、そこからまた自力で上がってくるかもしれない。意識的にそういう体験をさせることが次世代を育てていくうえで非常に重要だと考えています。

 それは、国全体というより、一人ひとりの暮らしにおいて「自分が取り組んだから少しでも良くなった」という実感を持てることが大切だということ。つまりは『生活力』ですね。家を出て一人暮らしをするようになったら、生活水準は自ずと下がりますから、ステップアップしたという手応えが得られるのです。親御さんにお願いしたいことは、子どもが大学に進学したらひとり暮らしをさせてほしい。アルバイトでお金を稼ぎ、食事をつくるという生活をさせてほしいと思います。

── 子育ては孤独だ、異性の子どもは宇宙人だと感じるだろうというお話が出てきましたが、最後にお母さん方へメッセージをいただけますか。

柳沢 子育てでいちばん大切なことは、「18歳で家から放り出されても生きていける力」をつけさせることだと思っています。繰り返しになりますが、未来は未知です。これからどんな時代になったとしても、生活力さえ身についていれば、必ず世界を泳いで渡っていける。具体的に何を準備したらいいのかは、誰にもわかりません。ただ、何かが必要になったときに、それをどうやって身につけるのかという方法論を知っているということ、そして習得のための努力ができるということ。お子さんがそのような力を蓄えていく様子を、距離を取りながら見守っていただけたらと思います。

 開成=長年に渡り日本でも最も多くの東大進学者を輩出している賢い学校。取材前は編集部もそんな印象を強く持っていました。しかし、実際にお話をお聞きするとそのイメージは大きく覆されました。学力だけを重視するのではなく、生徒自身の自主性を重んじ、自分の力で人生を切り開いていける大きな視点での人材育成を追求している、その姿が開成の本質でした。

部活動や学年旅行を生徒自身が運営することで、合意形成のプロセスを学ぶ。有名な運動会も生徒自身がルールを決め、実施するか否かまで生徒の判断に委ねられる。授業だけではなく、学校生活におけるあらゆる活動が生徒の社会で生き抜く力を育むことにつながっていました。

学校生活だけではなく、家庭において親が意識的に子離れをしていくことも社会で生きていく上で大切な要素です。保護者に対していかに子どもと距離を保ちながら付き合っていくべきか、丁寧に語り続ける柳沢校長に、子どもの教育に真摯に向き合う開成中学校・高等学校の理念と長年に渡って日本を代表する学校であり続けてきたことの本質を強く感じました。(LIBERTYGRAPH編集部)

一条校
学校教育法の第1条に掲げられている教育施設の種類およびその教育施設の通称。幼稚園、小学校、中学校、義務教育学校、高等学校、中等教育学校、特別支援学校、大学(短期大学および大学院を含む)および高等専門学校を指す。専修学校・各種学校はそれぞれ第124条・第134条に規定し、一条校には該当しない。

ページ上部に戻る




取材・文:伊勢真穂  撮影:yOU(河崎夕子)


>>[前篇]開成中学校・高等学校 柳沢幸雄校長インタビューを読む