── 石川学院長は、学外でも21世紀型教育機構理事を務めたり、教師の研究組織「21 世紀の教育を考える会」を立ち上げたりしています。まずは、石川学院長が教育の現場で最も大切だと考えていることを教えてください。

石川一郎(以下、石川) 20年近く前から私が考え続けているのは、日本の中学や高校もアメリカのプレップスクールのようになっていく必要があるのではないか、ということです。

プレップスクールとは、大学で勉強をするときに必要な「分析する力」や「考える力」、「調べる力」を養う、準備機関のような場所。本学院の中学・高校でも、課題解決型のPBL(Project Based Learning)教育を取り入れ、分析力・批判力・創造力を養うようにしています。

── なぜ、中学や高校はプレップスクールのようになる必要があるのではないかとお考えなのですか?

石川 大学とは、最高の学びの機関です。そこで学んだことがその後の自分の人生につながっていくかもしれないし、社会を変える大きな発見や研究をする人もいるかもしれない。

 大学では、自分で仮説を立て、分析・研究する能力が必要です。ところが、これまでの中・高の教育は知識を増やすことを優先しており、大学で必要とされる能力が身につかない。そのため、せっかく大学に入っても有意義に勉強することができず、何も学べないまま卒業することになってしまうのです。

── 従来の詰め込み型教育では今後は厳しい、と。

石川 詰め込み型教育にまつわる議論の多くが「知識は必要か、必要ではないのか」という内容に留まっています。しかし、本当の問題はそこではない。知識は絶対に必要であり、知識をただ詰め込むだけで終わってしまっているから、意味がないのです。現場の教師が考えなくてはいけないのは、「豊富に蓄えた知識をアウトプットする方法をいかにして生徒に伝えるのか」ということです。

 例えば理科は、自分で仮説を立て、実験を行いながら答えを導き出していく学問です。答えにたどり着くためには、研究結果を検証し、自分で考える能力がなくてはいけませんが、そもそも理科の知識がなくては考えることができない。だから、知識を身につけることは非常に重要です。しかしながら、その知識を実験で検証しながら、自分の伝えたいことを相手に論理的に説明できなければ伝わらない。そのやり方を訓練するのが、PBLのひとつの目的なのです。

── 香里ヌヴェール学院のPBL教育は、具体的にはどのような形で行われているのでしょうか。

石川 英語の授業を例に挙げると、一枚の絵を見せて、生徒に問いを投げかけます。あらゆる学年に同じ絵を見せるのですが、学年によって問いの設定を変えながら、分析力や創造力を育てていきます。

 今日のこのインタビューの現場写真を見せたとしましょうか。第1段階では、「複数の人がテーブルを囲んで話し合っている」といった、絵を見ればわかる単純な事実を英語で説明できればいい。第2段階では「インタビューをしているんじゃないか? いや、会議か?」と、少し考えて答えさせてみる。第3段階では「何を話し合っているのか」を推測させるのです。

 日本の教育現場の多くは、第1段階の単純な事実を答えられればよしとする指導で止まっています。第3段階の設問には決まった答えがないため、教師が評価しにくいから教育現場ではどのように扱ってよいかわからない。しかし、実際の社会では答えのあるものなんてほとんど存在しない。そのギャップを教育現場で埋めていかなければならないのです。そのためには、まずは教師の意識を変えることから始めないと、教育の改革は進んでいきません。

── 先生方とはどのように指導法や評価法を共有されていますか。

石川 よく使うのが「思考コード」です。

「思考コード」とは、「どの程度の知識が必要なのか」と「どの程度の思考の深さが必要なのか」というふたつの軸で生徒がどの段階に位置するのかを計る、点数や偏差値に変わる新しい学力基準です。

思考コード(首都圏模試センターより)

 一般的な例に出されるのが、フランシスコ・ザビエルの問題です。ザビエルの写真を見て、人物の名前を答えるAの第1段階から、ザビエルがしたことを年代順に並べる第3段階へと進んで行きます。Bに進むと、ザビエルが日本に来た目的や、あるいは日本に来てキリシタン大名にどういう影響を与えたかを述べる。ロジカルに内容をまとめられれば正解となる。いまの日本の大学入試では、このBの点数配分が最も大きいです。しかし、これからの教育に必要なのはCの力を養うこと。「もしあなたがザビエルなら、日本でどうしますか?」という問いを繰り返し、批判的思考力や創造的思考力を強化しなくてはいけない。ますます変化の激しくなる社会において何かを成し遂げていく力の源となっていくでしょう。

「フランシスコ・ザビエル」をテーマとした思考コードの一例

 これまでの日本の学習進度は、Aの1から3へと上に進むことが発展とされていました。現在ではAからCヘと横に進んで思考のレベルを上げていくべきとも言われています。そのためにも、とにかく生徒に問いかけ続けることが重要ですね。

── こうしたPBL教育とテクノロジーはどのように関連してきますか?

石川 テクノロジー自体は、思考コードにおけるA段階、いわば知識のようなものです。これからの社会を生き抜いていくための、あるいはよりよい生き方や社会を実現するためのツール。テクノロジーというツールの使い方を覚えるのがA段階であるならば、それを使えるようになるのがB。さらに、それを使って自分なら何ができるか、どんな未来を実現したいか、というところまで発展していくのがC段階ですね。たとえば本校の英語の授業では、生徒の意見を発表するツールとしてICTを取り入れるなど、生徒のアウトプットの一助となるようにテクノロジーを取り入れています。

── 最後に、お母さんへのメッセージをお願いします。

石川 教育現場と同じく、お母さんも子どもに「あなたはどう考えるの?」と問いかけてみてください。そして、子どもが話し出したら、まずは否定せずにじっくりと聴いてあげてください。否定すると、子どもは次から話せなくなってしまいます。反抗期や親を疎む時期があったとしても、子どもにとっていちばん安心できる場所は家庭です。そこで自由に自分の考えを話せることが、何より大切なのです。「常に真剣に向き合おう」と気負う必要はありません。進路の話や将来の夢など、子どもの成長や人生にかかわってくる局面には必ず話を聴く、というのでも十分だと思います。

 また、「あなたはどう思っているの?」「どうしてそう思うの?」と尋ねるときには、責めた口調にならないよう心がけましょう。問いの目的は、あくまでも子どもに話すきっかけを与えること。そして、「いつ実現したいのか」「誰と取り組みたいのか」「なぜ、そうしたいのか」など6W2Hを軸にしながら問いかけ続け、考える方向性を肯定しながら、子どもの考えている内容を具現化してあげてください。大切なのは成果を出すことではなく、子どもが自分で考え、それを表現していく力を養うこと。それを胸に留めながらインタビュアーになった気持ちで問いかけ続ければ、きっとお子さんはこれからの社会で羽ばたける人間になっていくはずです。



プレップスクール
「preparatory school」の略。進学の準備教育を行う、高度な教育内容の私立学校。英国ではパブリックスクールを目指す児童のための私立小学校、米国では有名大学進学のための寄宿制の私立中学・高等学校を指す。

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PBL(Project Based Learning)
米ミネソタ・ニューカントリースクールで開発された課題解決型学習法。学習とは知識の暗記のような受動的なものではなく、自ら問題を発見して解決していく能動的な能力であると定義した。

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6W2H
When、Where、Who、Whom、Why、What、How、How muchと、物事を正確に伝える際に用いる8つの確認事項のこと。

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取材・文:吉田彩乃  撮影:野村恵子


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