── 香里ヌヴェール学院で実施している「英語イマージョン教育」について教えてください。

江藤由布(以下、江藤) 本校の小学校と中学校では、スーパーイングリッシュコースのなかでイマージョン教育を行なっています。このコースでは、英語力養成を最重点にPBL授業を進めるのが特徴です。他のコースでも小学校1年次より週に4コマの英語の授業は行いますが、スーパーイングリッシュコースでは国語と道徳以外の全教科を外国人教員から英語で学びます。中学校の方は、数学・理科・芸術などの複数科目を英語で学んでいます。

「イマージョン教育」とは一般に「他言語で行う授業」という意味ですが、本校の場合は英語で行うので、「英語イマージョン教育」としています。英語の授業以外でも英語に触れることによって、卒業までに理科や美術などいくつも分野にまたがる自分の考えや意見を英語でアウトプットできるようになります。

── 英語イマージョン教育を受けるにあたり、小学校と中学校では生徒のなじみ方や習得度合いに違いはありますか?

江藤 言語習得には「9歳の臨界期」説があります。何歳からでも言語習得は可能ですが、やはり小学校で始める方が向いている部分はありますね。9歳前、つまり小学校に入学する6歳時点ですと、中学生のようにロジックで考える前に、そのまま英語で物事を吸収できる。遊びやゲームなどを通じてぐんぐんと英語に馴染んでいく様子は、見ていて面白いほどです。そこから徐々に、算数や理科の習得へとつながっていきます。

 小学校卒業までの間にどのように英語力が発達していくかは、絵を使った問いかけの例がわかりやすいと思います。入学時の生徒と6年生に同じ絵を見せます。例えば、池のなかの鳥の足に鉄条網がかかっていて、その後ろで数名の子どもたちがバスから見ている様子が描かれた絵に対し、入学時には「何人の子どもたちがいますか?」「これは何ですか?」「鳥はどこにいますか?」といった、答えのはっきりした問いに定型文で答えられればOKです。

 6年生に対しては「どうして大人の鳥にはこのようなことが起こったと思いますか?」と、質問を変えます。これには理科や社会で習得した環境の知識や、想像力を働かせる能力が必要です。英語イマージョン教育で複数の教科を英語で学んでいることによって、卒業時にはこうした複雑な問いかけにも自然と答えられるようになります。

── 高校ではどのような英語教育を実施されていますか?

江藤 英語の文を発信するうえでの型を使えるまで、しつこく仕込みます。

 アメリカでは5歳からPersuasive Speechという型を学びますが、これはいわゆるPREP(Point-Reason-Example-Point)で、人を効果的に説得するひとつの型です。私が受け持っている高校2年生の例を挙げると、こうした英語の文章の構造と作法についてはしつこいくらいに教えています。例えば、日本語では段落の定義というのは比較的あいまいなのですが、英語の場合は、段落ごとに主題はひとつ、残りの文が理由や具体説明などの支持文となっています。そうした型を徹底的に教え込みます。

 例えば、実際の定期試験で出したのは「What makes you laugh?(あなたはなぜ笑うのか)」というBig Questionに対し、自分なりの考えを書くという問題でした。授業のなかで「最近いつ笑ったの?」「誰といるときに笑ったの?」「何で笑ったの?」ということをブレストしながらトレーニングを行い、試験ではなぜ人は笑うのか、自分の主張をまとめられるようにする。欧米ではよくあるテスト形式ですね。機械的に英単語を習得するようなことを一切やらなくても、このような学習方法をとれば生徒は必死でテキストを読み込みますから、自然と文章構造や単語が頭に入ってくるのです。

── 江藤先生は、英語とコンピューターをどのように結びつけた教育を実践していますか?

江藤 コンピューターを使ったICT教育を実践するうえで重要なのは、目的を明確にし、環境に合わせた取り入れ方をすることです。どんなに優れた手法も、必ずしもすべての学校、すべての環境に適合するとは限らない。私は2018年4月に本校に赴任しましたが、前任校といまとではICT教育の手法を変えています。どのように環境に合わせた手法を見つけ出すかというと、「なんのためにICTを使うのか」を起点にして、どんどんブレストしていくんです。この学校のどんな理念を実現するためにICTを取り入れればよいのかを考える。すると、自ずと各学校に合わせたICTの使い方が見えてきます。

 本校は、自ら問題を発見し解決していく学びの中で、特に生徒が自分の意見や考えを発信したり、彼らが発信したものを他の生徒と共有するときに活用したりするツールとしてコンピューターを援用しています。そのツールが、文章のみならず、写真や動画を使って生徒が発表できる場となっています。

── 江藤先生はご自身の教育法を「オーガニックラーニング」としてまとめ、教育系のセミナーやワークショップも数多く開催されています。教育についての理念を教えてください。

江藤「オーガニックラーニング」とは、オーガニック農法になぞらえた教育法です。

 オーガニック農法は、「土を育てる」ことを大切にしているといいます。また、化学薬品を多用して管理するようなことはせず、植物本来の生育力を高めていく。生徒に対しても、しなやかなマインドセットを育て、管理しすぎない方法をとりながら、自律的な学習力の育成に取り組んでいこうとしています。

 例えば日本では教科書の副教材が発達しすぎていて、生徒は自分で考えずにいきなり答えだけを覚えこめば試験で点数が取れてしまう。しかし、私の授業では自分で考えなくては試験で解答できない仕組みにしています。面倒な学び、クリエイティブなアウトプット、対話、枠を超えて学外とつながることなど、自然にやってきたことが結果的に現任校のビジョンに一致したと言えます。

 こうした自分なりの教育法に到達するまでの間は、葛藤を繰り返していました。特に、20年以上の教員生活のなかで5〜10年目はずっと悶々と……。そのころ私が実施していたのは、ICTを取り入れた一斉教育法。教師の指示を生徒が一斉に聞いて授業が進んでいくという日本の教育現場では多い形です。反転授業も取り入れ、一定の成果を出せてはいましたが、自分のなかでは「クリエイティブっぽいことをしているだけで、本当の創造性を養うことはできていない」という問題意識がずっとありました。

── ところで江藤先生は二児のお母さんでもありますね。ご自身の経験もふまえ、お母さんたちにどのようなことを伝えたいですか?

江藤 子育てと仕事の両立で苦労されている方も多いと思いますが、私の場合は出産後の方がだんぜん時間の使い方の効率がよくなりました。というのも、時間があればあるだけ仕事のことを考えたり、教育法について自分なりに模索してしまったりするタイプなので、徹底的に効率化しないと生活が破綻すると思って(笑)。長男の出産時に徹底的に時間の断捨離をしたんです。

── 「時間の断捨離」とは、具体的にどのようなことですか?

江藤 ドライヤーで髪を乾かすのに5分、歯磨きに2分といった具合に自分の行動にかかっている時間をすべて計り、無駄な時間を省いていったんです。仕事の時間も同様で、子どもを認可保育所に入れられなかったので、時間どおりに迎えに行くために自分の担当授業がない時間をいかに有効に使うかを徹底して考えました。すると、出産前は就業時間内に終えられずに持ち越してしまったりしていた仕事も、きっちりとその日のうちに終えられるようになったんです。 どうしても自分の手が回らない部分はアウトソースしています。水回りの掃除を業者に頼んだり、週3回の子どもの朝の送り迎えを保育科に通う大学生やシルバー人材センターの方にお願いしたり。「できないことはできない」と割り切った方がいいですね。

 いまでは、とにかく考える時間を減らしたいという思いから、洋服も自分では選ばなくなりました。洋服を買うお店をひとつに絞るんです。3年くらい同じお店に通っているのですが、店員さんは私が持っている洋服から似合うデザインまですべて把握しているから、「江藤さんはいまニットを持っていないから、今日買っておきましょう」と決めてくれる。いわば、お店に私のビックデータがあって、自動でアウトプットされてくるものを私は買うだけ。悩む時間を短縮できるので、買い物がすごくラクになりました。

── 石川一郎学院長はお母さん方に向けて「少しでもいいから子どもが話すことに耳を傾ける時間を確保できるといい」とおっしゃっていました。江藤先生はどのようにされていますか。

江藤 私自身、「子どもとじっくり向き合いたい」という理想を持ってはいますが、日々の生活ではうまくいかないことのほうが多いです。家事や仕事をこなさねばならず余裕がないことの方が多いし、そのうえ子どもは大人の言うことをぜんぜん聞いてくれない(笑)。 特に私の息子たちは現在5歳と10歳とやんちゃ盛りなので、つい「ご飯を食べなさい!」などと怒ってしまい、時間が経ってから「もっとこう接すればよかった」と反省することしきり……。

 そのうえで、まずは「自分には時間の余裕がない」と自覚することが大切ではないかと考えるようになりました。完璧でいようとするから自分が辛くなってしまうので、まずは「自分は完璧ではない」と受け入れたうえで、子どもと向き合う時間を確保するといいのではないかなと。

 私が実践しているのは、長男とふたりだけで旅行をしたり、次男だけつれて公園に行ったりと、それぞれに集中してじっくりと関わる時間をつくることです。ふたりきりになったときに、どれだけべったりしてあげられるかを大切にする。日々のやりとりのなかでは余裕を失うことが多々あるけれど、「ちゃんと向き合う時間も確保する」と割り切ることによって、子育ても仕事である教育も、両方とも楽しめるようになりました。私にとって、よりよい教育を追求していくことは、生きがいでもあります。仕事でもプライベートでも教育に携わることができて、とても幸せです。


イマージョン教育
未修得の言語を身につけるための、学習方法。目標とする言語環境で他教科も学び、その言語に浸りきった状態(イマージョン)での言語獲得を目指す教育方法。

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臨界期
自分を取り巻く環境に応じ、脳の神経回路が集中的につくられたり回路の組み替えが盛んに行われたりする、最も感性豊かな時期のこと。一般的には言語(0~9歳)、運動能力(0~4歳)、絶対音感(0~4歳)、数学的能力(1~4歳)といわれる。

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取材・文:吉田彩乃  撮影:野村恵子


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