──現在行われているICT教育について、問題点や改善点はありますか。

日野田 ありますね。日本においてレゴブロックを使ったロボットプログラミングの現場で実際に起きたことを例にお話ししましょう。
 これはレゴ社とタフツ大学が共同開発したプログラムで、「いかに他人と違うロボットをつくれるのかを競い合う」ことが、根底の哲学なんです。しかし、「ライントレーサー(模型自動車)を自由につくっていい」とスタートしたにもかかわらず、できあがったものを並べたら、前方にセンサーがついた、似たような4輪の自動車ばかりでした。
 これはどういうことか。結局、生徒も先生も、みんな周りを見ながらつくっているということなんですよね。日本では、プログラミング教育であっても、やはり個性は表現されにくく、正解を探して同じようなものをつくろうとする傾向があるんです。日本人同士で似たような年齢だとしても、実際は違う人間で個性はバラバラのはず。そういった根本的な部分をきちんと認め合い、その違いを発揮していいんだという認識を揃えてから、創作活動に入る必要があります。そうでなければ、いくらICT教育といっても、個性のない同じような人間を育てるだけになってしまうからです。

──教育の変化の時代において、教師はどのように生徒に関わるべきだと思いますか。

日野田 まず言えることは、名ばかりのアクティブラーニングは危険です。

アクティブラーニングといえば、全員が手を上げて活発に議論するというイメージを持つ人は多いですが、そんなわけがない。観察することが得意な子どももいれば、リーダーシップを発揮する子どももいるし、前に出るよりもサポートが好きな子どももいます。いろんな子どもがいて当たり前なんです。

 教師は、自分が受けてきた過去の教育を是としており、子どもの教育に対して「こうあるべき」という思い込みが強いですが、「べき」なんてないんです。大切なことは、目の前の子どもに対して「あなたは誰ですか?」「何をしたいんですか?」という問いを持つこと。話すことが苦手なら、話さなくてもいい。でも、自分が誰であり、何をしたいのかは表現しないと伝わらない。だから、歌で表現してもいいし、映画を撮ったっていい。デジタルデバイスが、自分らしい表現を助けてくれることも多いにあるでしょう。とにかく、教師の常識に当てはめず、生徒らしい表現方法を選択させてあげることです。

 世界最高峰の大学のひとつであるイェール大学は、19名の米国最高裁判所判事を輩出するなど国際法で有名な一方、ドラマエデュケーションでもよく知られています。何かを表現するときに、ストーリーテリングを重要視している。日本の常識では、勉強とアートは別物として捉え、アートは必要ないと考える人すらいますが、人間の学びや営みとして捉えた時には、その考えは非常にいびつであることを、忘れてはいけないと思います。

 あとは、教師は自分が話をするのではなくて、生徒をサポートすること。ナビゲーターに徹することです。航海士のようなイメージで、「北極星が見えている方向には向かうけど、向かい方はそれぞれ好きな方法でいいよ」と伝える立場でありたいですよね。ただ、チームで戦うことだけはアドバイスします。いまの時代、一人ではなくチームで戦う方がアウトプットを出す速度は早まるし、世界も広がる。チーム戦は、世界で戦う基本なんです。

──保護者との関わりで心がけていらっしゃることはありますか。

日野田 保護者の方と距離を取るというよりは、シンプルに仲良くしたいですよね。一緒に何かに取り組むことが好きなんです。常々お伝えしているのは、「親御さん自身も楽しんでくださいね」ということ。例えば受験が近づくと、子ども以上に親御さんに気合いが入ってしまうケースはよくあります。不思議なものですが、親が頑張るほど、子どもは頑張らなくなるんですよ(笑)。親御さんが頼りないくらいがいい。子どもが自分で調べて行動する方が、確実に伸びる。これは間違いない事実です。


アクティブラーニング
学習者である生徒が、能動的に学ぶことができるような授業を行う学習方法。

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ドラマエデュケーション
ラマを通じて、生徒が能動的・活動的に学習する、アクティブラーニングのひとつ。

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取材・文:伊勢真穂 撮影:山本マオ


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