羞恥心をもつ民族が服を脱げば、
裸族からは一気に信頼される

辛酸  アフリカに行きたかったのは、彼らを撮りたいというのが動機ですか?

ヨシダ  いえ、私はアフリカの原住民族に“なりたかった”んです。でもなれないから、写真に撮って“どう、かっこいいでしょ?”とみんなに自慢したくて。

辛酸  拝見しました、ビヨンセ以上にかっこいいですね。でも自分が裸になるというのはまた別では?

ヨシダ  同じ格好になれば仲良くなれるかなと。

辛酸  「京都で舞妓体験」とかとはだいぶハードルが違う気がしますが。

ヨシダ  私のなかでは、結構それと近い感覚かも。しかも私の場合、部族の人がリアルに身につけているものを借りているからラッキー!(笑)。でも私が一緒に裸になった部族は、当初なかなか撮らせてもらえなかった部族なんです。裸族って一見開放的に見えるけど、実は心のガードが堅いんです。だから服を着ている人種が脱ぐということは、よほどの羞恥心を捨てて自分たちに近づいているんだと信頼されて、ぐっと距離が縮まる。

“夢を持たなくてはいけない”というのも、ひとつのステレオタイプかも

ヨシダ  最近若い人から、自分は将来こうなりたかったけど挫折してしまって、もうお先真っ暗っていう相談を受けたりします。人によっては夢や目標って、持ちすぎると却って袋小路にハマることもあるなって。

辛酸  映画『ラ・ラ・ランド』とかもそうですが、最近“夢プレッシャー”がすごいですよね。でも夢を持たなきゃいけないっていうのもステレオタイプかも。

ヨシダ  私はそもそも夢がなくって、“やりたくなくもないこと”で自分ができることで自由に生きたかった。私は自分が学校に行ったり勉強をしたりというのができなかったから、その分人と違う何かをしなきゃいけないというのはわかっていたんです。それでいろいろやっているうちにスカウトされて。

辛酸  でもアイドルの世界もなかなか大変でしたか?

ヨシダ  やってみて、私は人前に出るのは得意じゃないし、女の子の中にいるのも苦手だと認識しました(笑)。それでイラストレーターをやっていたけれど、イラストレーターって、自分の自由に描いていいことばっかりじゃないんです。状況とか表情とかいろいろ指定されるともう私は描けなくなってしまって。そんなとき、カメラは、素敵なものを見つけてシャッターを押すだけでほめられたんです。ふり返ってみると、「これしかない!」とひとつのことにしがみつかず、何にでもチャレンジしたおかげで今があるのかもしれない。夢に縛られないっていうのもひとつの幸せのあり方ですよね。

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