進学校として名高く、歴史も長い灘中学校・高等学校は、2020年の入試改革をどのように捉えているのでしょうか。「入試制度や社会の教育の流行が変わっても、教育において本質的な人間力を育てることが重要であることは不変」と語る和田孫博校長に、教育理念や教育方針、実際に行われているアクティブラーニングについてお尋ねしました。


── まずは、和田校長の教育理念についてお聞かせください。

和田孫博(以下、和田) 「不易流行」という言葉をご存じですか。「不易」とは、いつまでも変化しない本質のこと。「流行」とは、その時々に合わせ変化を取り入れることです。これは松尾芭蕉が残したとされる言葉で、「不変の真理を知らなければ基礎は確立せず、変化を知らずにいれば新たな進展がない」という真理を表しています。


 思うに、学校教育にはこの不易流行という思想が重要なのです。しかし、いまは政府主導の教育改革が進んでいくなかで、「流行」だけが重んじられている気がする。そこに懸念を抱いているのです。

 私は、時代と生徒が変わっても教育の本質が変わることはない、と考えています。例えば、現行の大学入試制度は本来の教育の評価をするにはふさわしくない内容になっている。そのために文部科学省が入試改革を進めているわけですが、「本来の教育のあるべき姿」を追求してきた学校にしてみれば、入試制度が変わっても、学校側として教育方法の改革を行う必要は特にないはずです。

 では、「本来の教育」とは何か。本質的な人間力を育むことに尽きるでしょう。創立以来、そのような教育を行ってきた灘中学・高校にとっては、これまでと同じ教育を行っていけば、自ずと新しい入試制度に対応できる学力と人間力が身につくはずです。

 また、本校は、1927年の創立以来の歴史と伝統をもつ中高一貫校でもあります。ある程度は時代に適応したカリキュラムを組むことも必要ですが、校風や伝統を犠牲にして「流行」にのみ走ることは、私学の存在そのものを壊すことになってしまう。一方で、テクノロジーの進歩などに置き去りにされるわけにもいきませんから、「不易」を念頭に置きながら、改革を進めることが大切だと考えています。

── 灘高校の歴史や、創立以来守り抜いてきた教育方針について、さらに詳しく教えていただけますか。

和田 本校の教育方針は、創立の経緯とも密接に関わっています。

 灘高校のある阪神地域は、大正時代から教育に関する関心が別格なほど高い地域でした。大阪の商人の多くがこの地域に住んでいて、環境のよいこの土地で子弟に質の高い教育を受けさせたいと考えていた。それで当初は公立の中学校(旧制)に子弟を通わせていたのですが、生徒の定員の問題が発生し、「私立の中学校をつくってほしい」という要望が出たことで新しく設立されたのが灘中学校です。

 その際に顧問を任されたのが、講道館を創始し、東京高等師範学校(現・筑波大学)の校長を務めた嘉納治五郎先生でした。彼はもともとこの地域の出身であり、自分の理想とする教育を追求する学校をつくりたいと考えていたようで、本人も快く受け入れたそうです。


 彼は、自らが講道館柔道で唱導していた「精力善用」「自他共栄」の考え方を、灘の校是にも援用しました。「精力善用」は自分の長所・短所を自覚したうえで、良い部分を伸ばしながら、足りない部分も克服していき、できることに全力で取り組むこと。「自他共栄」とは、自分の力を最大限に利用し、さらに、みんなが自分の力を発揮することで幸せな世界をつくっていくことです。教育において精力善用・自他共栄という言葉を考えるなら、誰でも得意な分野とか不得意な分野があるし、どんなに優秀な人でもオールマイティーということはない。だからこそ、自分の持っている力を最大限に発揮し、一方で他の人が得意とする分野はその人に任せ、皆が力を合わせることでより良い社会を作っていくことが重要です。

 この校是のもとに、灘中学・高等学校では、まず生徒一人ひとりが本来もっている能力・長所を自ら見極め、それを最大限に発揮し、お互いに力を出し合って補い合うことを大切にしています。

 また、この校是を実現するためには、画一教育はふさわしくありません。それぞれの個性を発揮したり、それぞれの力を伸ばしたりしてもらうためには、自由度、自主性を、重んじる必要がある。そうした背景から、近年注目されているアクティブラーニングについても、本校の場合は建学の時期からその土壌ができていたと考えています。よって、教育の内容を急に変えたり、何か新しいものを取り入れたりする必要はない。大切なのは、生徒がいかに意欲と好奇心を持って学んでいくかであって、深い学びのない表面的な授業を行っていてもあまり効果がないのです。

── では、具体的に学校は何をされているのでしょうか。

和田 教具や機器に頼らず、生徒が積極的に取り組みたくなるようなImpressive(印象的)な授業を行うことを追求しています。例えば、土曜講座(詳細は後篇の別コラム参照)など、物事の本質を追求していくことに重点を置いた教育を行っています。

 また、意外に大切なのが、教員の自由度を高くすることです。建学の際、治五郎先生は自分の愛弟子を校長にしたのですが、初代校長は教員に自由に授業をさせることを重んじました。本校で有名な橋本武先生の『銀の匙』という本を1冊読み上げる国語授業も、この流れを汲んだもの。書き残したものを読んでみると、橋本先生は新卒でこの学校の教員になり、最初に校長に出会ったときに「自分の好きなように授業をやりなさい」と言われたことがわかります。そこで橋本先生が編み出したのが、『銀の匙』に凧揚げのシーンが登場すれば実際に凧をつくってみるというような、言葉や文化、生活までを徹底的に調べながら生徒が実際に体験していくという授業だったのです。


 橋本先生の逸話ばかりが有名になっていますが、現在でも灘の教員は基本的に全員がこのような教育方針をもっています。同じ数学や英語を教えるにしても、高校では教員によって使う教材が違いますし、教員全員で共通してやるべきことが決まっているわけではないんです。

── 教員によって使う教科書や教材が違うというのは驚きです。

和田 中学校は無償教科書なので、全学年同じ教科書を使わざるを得ないのですが、高校は有料の教科書なので、教員がそれぞれ選ぶのです。私自身も、上の学年が使っているとノートなどがそのまま下に流れる可能性があるので、あえて違う教科書を選ぶこともありました。教師のなかには1冊の教科書では満足いかずに、自主編集のテキストをつくる先生もおられます。

 最近の例でいうと、日本史のある教員は、中学1年生の授業で、テーマを設けて、生徒にグループ単位で調べる時間を与え、クラス全員の前で発表させています。発表の際に質疑応答をしながら、必要な知識を肉付けしていくんですね。このように、灘では生徒と教員のコミュニケーションのなかから学んでいくことも大切にしています。そういう工夫が、本校の教育の中心になっているのです。


講道館
1882(明治15)年、嘉納治五郎が創設した柔道の総本山。段位の発行、大会開催、講習会、季刊誌の発行、書籍の刊行など、柔道普及のための活動を行っています。

嘉納治五郎
1860(万延元)年、兵庫県生まれ。講道館柔道の創始者であり、柔道・スポーツ・教育分野の発展や日本のオリンピック初参加に尽力した、「日本の体育の父」とも称される人物です。

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アクティブラーニング
学習者である生徒が、能動的に学ぶことができるような授業を行う学習方法。
ドラマを通じて、生徒が能動的・活動的に学習するドラマエデュケーションなど、さまざまな手法があり、21世紀型教育の一つのポイントとして多くの学校で取り入れられはじめています。

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取材・文:吉田彩乃  撮影:野村恵子


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